2016年6月23日木曜日

施術者の感情移入は許されない?

ある学生の質問から…
「先生はいろいろなスポーツを頑張る方々を診てこられたと思いますが、選手の話や保護者の方の話などを聞いて、感情移入してしまうことはありませんか?患者さんの焦る気持ちに対して施術者は冷静でいないといけないと思いますが。先生の考えを教えていただきたいです」
94年鈴鹿8時間耐久レース、顧問のアスレティックトレーナーとして初めての現場

感情移入ですか?もちろんしてしまいます。ただ、それを表に出すかどうか…です。答えはすでに出てしまいましたが、我々サポートする立場の者とアスリートとの距離感、あるいは立ち位置をどこに置くか、は非常に難しい課題で、私自身もスポーツの現場に出るようになって21年、いまだに試行錯誤している状態です。選手が通ってくれている施設の施術者、チームのアスレティックトレーナー、選手の個人トレーナー、などその時の立場の違いによってその答えは異なるからです。今あげた3つのすべてを経験してきましたが、それぞれで最適な答えは違うと感じています。

選手が自分の施術所に通ってくれている場合は「自分を選んでくれた」選手が活躍してほしいと望むのは当然のことですし、その選手が結果を残してくれたらやはり嬉しいです。この立場だと感情移入しているのを表に出しても問題ない、というかそうするべきで、選手もその方が嬉しいでしょう、たぶん(笑)。怪我を治すために通ってくれているのですから、できるだけ早く復帰してほしいのは私も同じです、だからその時適切だと思われることをできる限り努力します。その選手が結果を出せない場合、自分のそれまでの仕事が悪かったのではないか、と自分を責めます。ただ、その場合はなぜ結果が出ないのかを正直に伝えたうえで、選手が「この怪我はちゃんと治るのか?」と不安に思わないように、こちらが不安に感じていてもそれを選手に気づかれないようにしないといけない、のは他の立場でも同じだと思います。

チームのアスレティックトレーナーとしての立場であれば、感情移入は禁物です。とはいっても感情移入してしまうのは仕方ないので、それを表に出すことは基本しないほうがよいと思っています。MLB球団にいた時は毎週のように自分がケアをしていた選手が解雇され、また新しい選手が入ってくる、の繰り返しでした。そのような中で、もしある選手に強く肩入れしているとなれば、その選手とポジションを争う別の選手は「牛島はA選手に強く感情移入している、もし自分が怪我をしたときにはA選手に機会が与えてもらえるよう、監督に自分の状態をより悪く伝えるかもしれない」と思うようになり、怪我をしても私たちに報告してくれなくなることが考えられるからです。あと、プロのレベルではとくに、選手は個人成績やチームの勝敗で今後の生活が変わってしまうので、ちょっとしたことに一喜一憂しながら、明日クビになるかもしれない不安と戦っているのに、周りの私たちまでが選手個人の成績や試合の結果に振り回されていると、選手はより不安になり、力を発揮できなくなるかもしれません。チームの勝ち負けや自分がケアをした選手の好不調で大きく気分が変わるような人はそもそもチームのアスレティックトレーナーという仕事には向いていないのではないか、とこれまで一緒に勉強させていただいた、あるいは働かせていただいた人たちを思い出してそう感じます。
06年、Ron Porterfield氏からたくさんの事を学びました。

大事なことなので脱線を承知で書いておきたいのですが、通訳兼アスレティックトレーナーだった際に、通訳として担当していた選手がチームメイトの主催するパーティに招待された件以外は、自分が働くチームの選手と個人的に食事や遊びに行く、などというのはゼロとは言えませんが、極力避けてきましたし、少なくとも自分から誘ったことはありません。選手と個人的な関係ができることで、先に述べたように仕事に差し支えるからです。日本ではどうか知りませんが、アメリカではアスレティックトレーナーとして働くチームの選手が異性だったとして、その選手が自分のチームにいる間に恋愛の関係になった、などもってのほかで、それが元で、非常に能力があったのにこの世界で仕事ができなくなった人も何人か知っています。

選手の個人トレーナーとして働く場合、基本的には選手が自分を選んでくれている、という意味では施術所に勤める場合と変わらないとは思いますし、チームのアスレティックトレーナーとは違い、自主トレなどで帯同した際には食事だけでなく生活も共にします。しかし、個人トレーナーを雇える選手とは基本的にはプロで、所属するチームからはもちろん、対戦相手や移籍先となる可能性のある他のチームからも常に注目、あるいは監視されているということを忘れてはなりません。最近はFacebookなどSNSの発達もあって、自分の活動をネット上に公開する同業者も多くなりましたが、プロ選手の個人トレーナーをしているという人が自分の売り込みのためにSNSにアップした投稿が、その選手の立場を貶めているケースをたまに見かけます。ひどいものではその選手の成績に一喜一憂し、選手が所属するチームの采配やその選手のチームメイトに対する批判を書きなぐっている、などというのも目にしたことがあります。たとえ、選手のうけた施術や怪我の状態に関する情報を公開しているわけではなくとも、あるいは公開範囲を「友達まで」と限定していても、どこかから「B選手の個人トレーナーがSNSにこんなこと書きこんでいる、ということはB選手もそういう風に思っている」とその選手の指導者やチームメイトから思われて、チーム内での立場が苦しくなる、というところまで想像がつかないのでしょう。

私もプロ選手の個人トレーナーとして仕事することもありますが、シーズン中になんらかの施術を行うことになったときはもちろんのこと、怪我などの相談ではなく単にクライアントである選手に招待されて球場に足を運んだとしても、それをSNSにアップすることはありませんし、ましてや選手のプレーやチームの判断についてとやかく言える立場にありません。詳しくは書きませんが、チームのアスレティックトレーナーとして働いた経験から言うと、個人トレーナーが表に出てくることは、選手にとっては不利益になることばかりで何もいいことはありません。「今日も出場したかぁ」「今日も怪我がなくてよかった」としみじみかみしめる、くらい、いや本来はそういう仕事をしていることも秘密にしておくべきなのでしょう。
09年沖縄、この時の4人がみんな今も現役でプレーしてくれているのは嬉しいです。

ずいぶん大きく風呂敷を広げてしまいましたが、私たち選手をサポートする側が心に留めておかないといけないことは「選手が活躍すれば選手のおかげ、活躍できないのは私たちのせい」と思えるかどうか。自分の施術所の宣伝のために有名な選手あるいはチームのトレーナーをやる人は、その下心のためにいつまでたってもトレーナー「活動」で終わってしまうだけでなく、宣伝すること自体がクライアントの不利益になる。それを理解できていない人は業界全体にとって非常に迷惑です。また「あの選手が活躍しているのはオレのおかげだ」と本気で思ってしまう人はこの世界、いろいろな意味で長く続かないでしょう。私たちのできることは、その選手の能力を最大限発揮させるための環境を整えることにすぎないのですから。そのうえで、それぞれの立場から、選手にとって最適な状態を作り出そうとすれば、おのずと立ち位置は見えてくるのかなと思います。





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